09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

スポンサーサイト

--.--.-- (--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Sponsored Link
--:--  |  スポンサー広告

私が原発に反対する理由

2011.04.19 (Tue)

もう20年以上前になるが、原発が問題視され、反原発運動が盛んな時があった。

当時、私の友達は電力会社に就職し、原発を擁護するために熱弁をふるい、

私と袂を分かった。

私から見れば当時の原発に関する論争はどれも論点がずれている感じだった。

推進派は事故の起こる確率の低さを前面に押し出し、原発から漏れる放射能は

草木が出す放射能よりも低いと主張していた。

反対派は使用済み燃料の処分で問題提起する者もいたが、頭の中に花が咲いている

市民団体などにはラブ&ピースの延長で反対する者もいた。

あなたの子供を原発の近くに住まわせることができますかと

相手の感情に訴えかける者もいたが馬鹿馬鹿しい。

子供を利用せず相手自身に危機感を持たせなければ動くわけがない。

当時私が原発に反対していた理由はきわめてシンプルだ。

1.事故はどんなに確率が低くてもその確率どおりに必ず起こる。

2.事故が起きたときの被害がきわめて広範囲に及ぶ。

この2つの問題が存在する限り原発は認めることができない。

原発以外でリスクを伴うものがその存在を許されるのは、

被害の範囲が抑えられるからだ。

自動車は事故が起こる確率が高くても、被害の範囲は少ない。

飛行機は事故の起きる確率が低いが、例年必ず事故が起きる。

しかし被害は墜落現場とその周辺に限られる。

原発は事故の起きる確率がきわめて低くても絶対にゼロではない。

必ずいつかは事故が起きる。そして事故が起きたときの被害の範囲が

とてつもなく広い。原発に反対している人たちも被害を被る。

だから原発を認めさせるなら事故の起きる確率が完全にゼロであるか、

事故が起きても被害は原発の内部、またはその周辺の極めて小範囲である事を

証明できなければいけない。

でもその証明は絶対に不可能だ。

だから原発は認められないのだが、こんな単純なことを当時主張していた

市民団体が一つもなかったのが情けない。

で、今、電力会社は原発に替わる発電施設がないとほざいてる。

原発が作り出す電力を別のもので作ろうとすると、

今から作るのに十年以上、何千億かかると主張している。

何言ってんだ。20年以上前から危険性を指摘されていたのに、

その間何もしていなかったのは自分たちだろう。

火力、風力、水力、原子力、結局は全部タービンを回しているだけだ。

タービンを回すという根本的な部分を進化させないで、

蒸気を発生させるのにわざわざ原子力を使っているのだ。

20年以上、発電の仕組みの改良に真剣に取り組めば、

もっと効率のいい発電法を考えだすことができたのではないか。

今になって東京電力の馬鹿社員たちは原発のリスクというものに

気づいただろうが、そんなことは事故が起きる前に分かって当たり前。

事故が起こってから、自衛隊やレスキュー隊に後処理を任せるなど言語道断。

天災への対策にしても津波は5mの高さまでしか想定していなかったそうだが、

安全基準を少なく見積もる馬鹿がいるだろうか。

全く腹立たしい。

東電の社長以下、技術者含め、原発を推進してきた政治家どもも

全財産を吐き出して補償し、責任を取って欲しい。
関連記事
Sponsored Link

テーマ : 「原発」は本当に必要なのか - ジャンル : 政治・経済

01:54  |  雑談  |  Comment(0)

Comment

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | HOME | 
ブログパーツ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。